ピンポーン。

 

主任の森が、オートロックマンション1階エントランスの集合インターフォンを押した。

インターフォンには102の文字。

通常ファミリーマンションの場合、101号室は管理人室になっている事が多い。

また、部屋番号も102・103・105…108・110と4と9という数字を外している物件が殆どだ。

これは日本人が4=シ=死、9=ク=苦を連想するからだと言われている。

同様の事がホテルにも言えるが、外資系のホテルはその限りでは無い。

つくづく日本人とは、願かけが好きな民族なのだろう。

そして、この森主任も例に漏れずその中の一人だ。

前述した通り彼の履歴シートは常に綺麗だが、それはシートそれ自体だけでは無い。

記載する”レ点”などの訪問履歴記号も全て整然と揃えて記入するなど、几帳面ぶりが徹底されていた。

そうする事で、現場の運気を上げる願かけになるのだという。

実はトップセールスの中には、こういった”自分だけの拘り”を持つ者は少なく無い。

かくいう私にも、後に営業現場に行く際に欠かせない”ある行為”が生まれる。

それは心理学で言うところの”アンカリング”にも似た効果なのだと思う。

つまり”ツイッチ”を入れる自分だけのツボなのだ。

 

さて、話を戻そう。

森主任に押された102号室。

僅かな沈黙の後、インターフォンの奥から返事が聞こえた。

30代後半くらいの女性の声だろうか。

平日のファミリーマンション、しかも昼下がり。

一般的な決済権者である旦那は、仕事に出て不在の場合が多い。

もちろん、奥さんだけでも書類はいただけるのだが、

半ば強引に契約を進めれば、旦那が帰ってきてキャンセルを喰らったり、

無駄なトラブルになる場合が多いのでここは慎重になる。

森主任は滑らかな営業トークで、インターフォン越しの女性と会話していた。

ガチャ。

 

その時、インターフォン横にあるオートロックの自動ドアが開いたのだった。

続く。